謹んで震災のお見舞い申し上げます。
私たちに出来る事は何か、と考え復興支援レンタカーを届ける事にしました。

5月9日AM5:00 宮城県南三陸町へ出発しました。

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復興支援レンタカーが私齋藤とドライバー中木原両名にて宮城県南三陸町へ出発しました。

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途中パーキングエリアで餃子の王将のトラックが止まっていました。被災地で
餃子を提供できるトラックのようです。左サイドにはたくさんのメッセージが書き込められていました。

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支援物資の数は決して多くはないですが、水と米が重く、慎重な運転が要求されます。福島県に入ってからは所処、道路の陥没、補修後の凸がかなりありました。

出発から約6時間半後、いよいよ南三陸町に入ります。

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出発から約6時間半後いよいよ南三陸町に入ります。

町に入ってからは、山側の地区は普段の日常を送ってるように感じ、被災地の状況は感じませんでした。
海側に近づくにつれ状況は一遍しました。 これが死者、行方不明者約1200人となった町の現状です。

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海から2km以上は離れている所に
船の残骸。この辺はまだ手付かずです。

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自動車が放置されていました。

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すべてなぎ倒されてました。

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南三陸町合同庁舎

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志津川高校付近 車が積まれてます

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志津川高校付近のアパート

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上記アパートの反対側です屋上に車が
乗り上げてました。

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ネバーギブアップの文字 諦めない!

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港付近の状況です。

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テレビや新聞等で、何度も取り扱われている防災対策宿舎。地震発生時に職員、遠藤三希さんが津波到達の直前まで無線で非難を呼び続けた場所です。遠藤さんはその後行方不明となり、4月23日に遺体で発見されました。

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志津川病院です。この病院の菅野医師は津波が5階建ての4階まで到達し、患者やスタッフの3分の2の行方が分からないなかで、最後まで患者を治療し、アメリカの雑誌「タイム」で世界に最も影響力のある100人に選ばれています。

12時前に志津川高校に到着。支援物資を搬入をしました。

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12時前に志津川高校に到着。支援物資を搬入をしました。震災直後孤立状態となり校庭にSOSを発信していた高校です。
今ここの生徒は他で勉強をし、校庭の半分は仮設住宅の建築がはじまってました。

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高校から見た町並みです。何度かユーチューブで見た動画が撮影された場所です。下の方で男性の方が農作業をしておられました。その僅か数m先まで津波は押し寄せてきたのですがその”僅かな差”が不思議な感覚でした。

志津川高校内の「あづま食堂(アリーウープ)」料理長兼代表の内田さん(右)

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支援物資の状況です。体育館の半分が物資
で奥に見える緑色の仕切りの向こうは自衛隊
の方の休憩所だそうです。沖縄の自衛隊の
方々が派遣されていました。高校に避難され
ている方は200人強ですが、その他
計1000人分の物資が必要とのこと、
全然足りないそうです。

物資搬入を手伝ってくれた女性の方は高校のOG。この校歌が大好きとのことで、
物資搬入後、昼食をいただきました。「私達の分はいいので皆さんで」と話したのですが、
「ここはみんなで分け合う場所です。」と内田代表。遠慮なくいただきました。

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最後に皆さんの健康と幸福のご縁がありますように、「大仏ストラップ」。

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その後車の管理をしていただく南三陸町社会福祉協議会のあるベイサイドアリーナへ向かいます。ベイサイドアリーナで車の受け渡しを行いました。

志津川高校到着時校庭で子供たちがサッカーをしていました。昼食時にその子たちも一緒だったのですが、サラミの袋が開けられず、
「開けて」とたのまれました。
搬入前は果たして私達を受け入れていただけるのか?とものすごく不安でしたが、車も、物資も大変喜んでいただき、一緒に記念撮影等も
行いました。子供たち含め皆さんが明るく接していただき、ちょっとふさぎこんでしまう様な話すら笑い話のように話してくれました。
被災地を慰問された方が口々にいう「逆に元気づけられました。」の言葉そのものです。
ただ被災地の状況は写真や言葉では伝わらないのもです。物資は不足してますし、電気は復旧してますが、水はまだ先のようです。
町全体の機能の回復は”未定”との事です。
今回のレンタカーが少しでも復興支援のお役立ちできればいいのですが、貸出しを希望されてる方の問い合わせは後を立ちません。
ぜひ皆様のご協力お願い致します。
私は2年間この町の復興を見守り続けます。
最後になりますが志津川高校に掲げてあったスローガンです。
”We can. Let’s try 頑張ろう南三陸”

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8月12日

宮城県南三陸町へ貸し出ししております復興支援レンタカーの近況が届きました。
今現在レンタカーの方は志津川高校にて活用されております。写真は日々の掃除の風景らしいです。

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今だ、高校には100人程度が避難中との事。南三陸町内では最大級の避難所になったらしいです。
町への支援物資の受け入れは、現在中断(在庫調整中)しているとの事。
ただし、町内35箇所の避難所に500名程の物資を、高校が中心になり搬送しているそうです。

8月18日

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南三陸町の志津川高校避難所は今月末日までには閉鎖されるそうです。
(他の避難所は不明ですが同時期くらいには閉鎖されると思われるそうです。)
全ての方が仮説住宅や引越し先が確定したそうです。
レンタカーは、ボランティアの方々を中心に、志津川高校にある救援物資などの搬送で大活躍。
今月末まで荷物の搬送に引っ張りだこのようです。
まだまだ復旧から復興へ移っていないのが実情らしく、町の3割しか住宅が残っておらず、
ほとんどの人が町外に移転しまってる状況だそうです。

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